阿川弘之、娘の阿川佐和子が語る父の姿、結婚への影響

昨年63歳で結婚して話題を集めた阿川佐和子さん。父親の阿川弘之さんは国民栄誉賞まで取る作家ですが家庭ではとても厳しい方だったとか。息子さんの阿川尚之さんも法学者として活躍されています。その教育方針や人となり、結婚観に与えた影響などを見てみましょう。





阿川弘之さんの経歴とエピソード

誕生 1920年12月24日
日本の旗 日本・広島県広島市
死没 2015年8月3日(94歳没)
職業 小説家
言語 日本語
国籍 日本の旗 日本
教育 学士(文学)
最終学歴 東京帝国大学国文科
活動期間 1952年 – 2013年
ジャンル 小説 随筆
文学活動 第三の新人
デビュー作 『春の城』(1952年)
代表作 『雲の墓標』(1956年)『山本五十六』(1965年)
『井上成美』(1986年)主な受賞歴 読売文学賞(1953年・2002年)新潮社文学賞(1966年)
日本芸術院賞・恩賜賞(1979年)日本文学大賞(1987年)野間文芸賞(1994年)
毎日出版文化賞(1994年)文化勲章(1999年)菊池寛賞(2007年)
子供 阿川尚之(長男)阿川佐和子(長女)
親族 阿川甲一(父)

文学部を卒業後、海軍予備学生になり、終戦を中国で迎えました。帰国後、作家デビューします。

「戦争のことがなかなか頭から離れなかった。海軍のなかで、命がけで戦争に反対した人のことを書きたかった」

そうです。

その後も「山本五十六」など、戦争を背景にした作品で、資料を読み解き、主人公の苦悩や決断、ゆたかな人間性を描きました。

ということで、作家としては当時の誰もが知る巨匠といったところでしょうか。志賀直哉の最後の内弟子、後継者ともいわれています。

しかしながら、娘の佐和子さんが、「この家に生まれたことが不幸なんだと思った」というほど、家族に対しては理不尽ともいえる厳格さを見せていたようです。

  • いつ叱られるかと常にビクビクしていた
  • 反抗などしようものなら、赤鬼のような形相で「出ていけ!」
  • 「のたれ死のうが、女郎屋に行こうが勝手にしろ!」
  • 「お前に人権はない」

こうしてみると本当にひどいようですが、

「いいか、俺が死んで出版社などから『故人について書かないか』と依頼を受けても、『父は立派な人でした』などとは絶対に書くなよ。身内が身内を褒めるほど、みっともないことはないからな。わかったな!」

との遺言があったようです。つまり、佐和子さんとしては、遺言を守って、父を誉めないようにしていると。教えが行き届いていますね!

阿川佐和子さんの結婚への影響は?

最近では、厳格な家庭にそだった子どもは、自己肯定感が低いといわれます。特に女の子は、父親との関係がうまくいっていないと、男性と対等な関係を気付くのが難しいようです。佐和子さんが60代まで独身だったことの背景には父親の影響があるのではないでしょうか。

佐和子さんのご主人は5歳ほど年上の大学教授。しかし出会いは35年も前だそうです。実際、結婚までたどり着いたのは2017年、お父様がなくなったのが2015年。弘之さんは、娘の恋人の存在を知りながらも、面会は拒否したそうです。「お前が幸せならそれでいい」と。厳しくも愛情は示してくれていたのですね。




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